女性の自立

女優・中谷美紀さんのご主人(オーストリア人🇦🇹。注:オーストラリア🇦🇺ではありませんよ!)が、

ネット上でモラハラだとかめんどくさいとか言われていると聞きました。

どうやらご主人が洗濯物を干してくれていたので中谷さんが「ありがとう」とお礼を言ったら

「なんでお礼言うの?これは自分の仕事だし、一緒に暮らしているんだから当然でしょ」と言われた、とか。

また運転免許を持っていない中谷さんに

「僕は運転手なの?運転もできない自立していない女性と一緒にいられない」と言い、

中谷さんは40歳にして必死になって教習所に通い、免許を取得した、とか。

 

これに対してネット上では

・言い方がモラハラっぽい

・お互いが感謝し合ってありがとうって言う方がうまくいくのにね

・はぁ?運転免許ないと自立していないってみなされるとか、ないわ

・もっと違う形で伝えられたらいいのに

・ケチくさい男だな。運転くらいしてやれよ。この旦那、モラハラ臭がする

・いちいちめんどくさ過ぎる

・この旦那さんてずっと一緒にいると疲れそうなタイプなんだよね。多分来年あたりは離婚かなって思ってる

等々、言いたい放題。

 

免許持ってないと自立してないことになるの?

そもそも自立ってなに??

今日はそんなことを考えてみたいと思います。

 

ヨーロッパの女性は自立していると言われます。

彼女たちは結婚しても、出産しても、「家庭に入る」という選択肢を持つ人がとても少ないです。

ヨーロッパでは「健康であれば男女ともに学び働き、社会に貢献する義務がある(納税)」という考え方が一般的です。

パートナーに経済的に頼ろうとする人がほとんどいないらしく、自分の生活費は自分で稼ぐ、

という意識がとても高いのです。なので女性が社会的にも経済的にも進出しています。

税金が高い代わりに社会保障が充実しているので生計も立てやすいです。

結婚しても、出産しても、自分の人生は自分で責任を持つ。

人生の主役は他の誰でもない、自分自身なのです。

ちょっと自立しすぎてて可愛げがない??

Non, non!!

ヨーロッパ男性にはこういう自立した女性の方が圧倒的にモテるのだそうです。

自分で車の運転もできない?どこに行くにも1人じゃいけない?!

そんな女性とは一緒にいられない!ってなるのも、この考え方がベースにあるならわかる気がします。

実際日本の地方に住んでいるとわかるのですが、公共交通機関が発達していない都市では

車がないとどこにも行けないので自分も不便ですしね。

(フランス人とご結婚された中村江里子さんもパリでご自分で運転されてますね!)

 

車の運転は男性の役割で、洗濯物を干すのは女性の役割

日本ではなんとなくそんな空気感がありますよね。

男なんだから運転くらいしてやれよ

女なんだから洗濯くらいしなよ

そんな感じでしょうか。

 

 

共働き世帯が多くなり、男女雇用機会均等法だったりフェミニズムだったりが

声高に言われるようになってきた今日においても、

わたしたち女性の方がむしろ、家事は本来なら女性である自分の仕事だと”潜在的に”思っている節はあります。

だからご主人がやって“くれて”いることに対して軽い罪悪感を覚えてしまったりするのかもしれません。

「ごめんね〜わたしやるよ〜」って言ったりしませんか?なぜか”ごめん”が付くのです。

※ご夫婦で役割分担がなされている場合はこの限りではないと思います

そして男性側も、「俺やってあげてる」の感覚がやはりどこかで抜けていないのかなと思うのです。

だからお礼を言われることが心のどこかで当然だと感じるところがあるかもしれません。

 

 

オーストリア人の中谷さんのご主人は、もうその段階にいないのでしょう。

男女平等という点において、わたしたち日本人とは立ってるステージが違うのです。

だからなんで洗濯物を干したらお礼を言われるのかわからない。

決して互いに対する感謝の心がないということではないと思います。

 

今のこの社会が、どうなったら男女が平等になるのでしょうか。

どういう社会になったら男女平等だというのでしょうか。

性差ある男と女が互いの個性や特性を生かした上での平等とはなんでしょうか。

この日本において、わたしたち女性が求める平等は欧米社会と同じなのでしょうか。

日本の歴史、風土、価値観に合った独自の男女平等観も探せばあるかもしれません。

「平等」のゴールは、いったいどこにあるのでしょうか。

 

独身で、フルタイムで仕事をしているわたし自身でさえ、あまり考えたことのなかった女性の自立問題。

今回の中谷美紀さんのお話から、日本における女性の自立と男女平等について、

意識するきっかけをいただきました。

 

先日の総裁選から今度は衆議院議員選挙となり、引き続き夫婦別姓や働き方改革、

女性活躍等が政治の場で議論されています。

社会で活躍される女性が増えてきて、責任ある立場を任される方もたくさんいます。

とはいえ、マスコミで女性活躍、男性の育児休暇と言いながら、

現実は一部の上場企業や公務員などの都会の社会の上層部だけのお話だったりします。

 

国会や一部の社会で議論や改革を続けていくことはもちろん大切ですが、

一般のわたしたちの無意識的な思考もまた、柔軟に変化させていく必要があり、

それにはもう少し時間が必要かもしれません。

日本全体を見ると、議論が先走りしていて地方が置いていかれている気もしなくもありません。

わたしたち女性は平等を求めているのだろうか。それはどのような点での平等だろうか。

同時に、平等を求めていくのなら、それ相応の責任や覚悟を持つ必要があることを、

自覚しなければなりません。

 

 

ただ…あんまり平等を叫び過ぎると、いつの日か男性陣にごちそうになる、

という女の特権を使えなくなるのかなぁ…なぁ〜んて、ズルい考えが浮かんできちゃったりもして(笑)

 

 

*あくまでも一般論として男女をわかりやすく分けています。

また、個人的見解となります。ご了承ください。

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